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2008-07-06
「ニコニコ大会議2008」 という集会で2000人の観客にハゲを笑われてしまった人の話。 事情は次のとおり。 - 2008-07-04 - ● SPOTWRITE: 友人がニコニコ大会議に行ってきたの話笑われた本人の弁。 - ハゲのおっさんから一言空気を読めなきゃ生きてる価値がない みたいな世の中で、 こういうの、 いいですね。 ご本人も言うとおり、 …精神弱い人がこれを食らっても大丈夫か、 という意見に対しては、 正直わからんね。 引き篭もったり首吊ったりする可能性も否定出来ない。 ではあるんだが、 だけど、 この流れが止まったり逆流するかって考えれば、 多分それはない。 携帯電話が当たり前になったように、 こういう、 善意悪意を問わない率直な意見の可視化の流れも、 そのうち当たり前になるんじゃないかな。 可視化されちゃえば、 かえって 楽になるっていうこともある。
2008-07-06
Tumblr は簡単だ。 Tumblr はスクラップブックだ。 Tumblr は表現行為だ。 あたしって、 こんな話題に興味があるの。 見て、 見て、 こんな画像みつけたわ。 それだけのスクラップブックだ。 たまに GJ とか、 死ねばいいのにとか、 短いコメントを付けたりもするし、 その気になれば、 長い感想を書くこともできるが、 コメントなんか付けなくても、 ねえ、 ねえ、 見てよ、 これ、 と人に見せたくなるのが、 スクラップブックというものだ。 だから、 Tumblr は表現行為だ。 コピーすることが表現なのだ。 で、 不思議なのは、 表現力もオリジナリティも時間も乏しいライトユーザー向けの Tumblr はサービスだと思うのだが、 使ってるのはヘビーユーザーばかり。 どこで食い違ったかね。 おれの Tumblr はこちらです。 まだしょぼいですが。 - oiteke memoそれと、 Twitter がつぶれてもかまわないが、 Tumblr がつぶれたらやだなあ、 と思う。
2008-07-06
夜は、 鍵盤叩きながら鼻歌&作曲。 朝は、 メールやフィードリーダーをチェックする前に詩作。 文人墨客の暮らしだね。 まだ、 昨夜と今朝やっただけだが。
2008-07-06
夜の炭鉱町である 浪人が空を見ている 空には月がかかっている 住人はみな眠っていて ほかに人影はない 猫が道を横切る 「おあつらえだな」 浪人の顔に、 苦っぽく 笑うような笑わないような笑い 三井だの三菱だのが 炭鉱を経営していたこの時代 なおも武士というものが存在したか 自分の存在があやふやに思われ 存在していたとしても 場違いな感じは変わらない 「謡 (うたい) でもうたうか」 さっきの猫が 道を反対方向に 横切るのを待つ気持ちがあるが 腕組みをして待っても そのことは起こらない 感覚をこらすと 思い出に似たかすかな喧騒 町が昼間の 夢を見ているのだ
2008-07-05
246のことは知らない おれが言いたいのは254のことだ 2は狛犬の2だ 5は人間の指の数だ 4は将棋盤の四隅だ どうだ、 何かの ジオグラフィが 浮かんでこないか
2008-07-04
悲しいね すぐ凹むんだよ 地球の外からやって来て いきなり、 でかく凹むやつ おもいきり、 広く凹むやつ くらく、 ブルーに凹むやつ それがおれだよ 宇宙の迷惑、 クレーター
あばたもえくぼで可愛がれ
地球のブルーは なにもかも おれの仕業 (しわざ) さ 空も青くて、 海も青くて 地球は青かった なんて、 昔の人は言ったけど それだけじゃなくて 人の心もブルーなのは おれのせいさ 宇宙の迷惑、 クレーター
あばたもえくぼで可愛がれ
有史以来のその以前から 地球を凹ませ ブルーの種をばらまいて 人類の登場を 待ってたこのおれさ そうは言っても 本人の言ほど 信用されないものはない まして余所者 (よそもの) のおれが言うことだ ならば、 ここらで 論より証拠を お目にかけよう 悲々々々々しくて 寂々々々々しいやつを どかんと一発、 おみまいするぜ メガキロ級の丸呑みの でかいでっかいクレーター
あばたもえくぼで可愛がれ
悲しいね すぐ凹むんだよ 地球の外からやって来て いきなり、 でかく凹むやつ おもいきり、 広く凹むやつ くらく、 ブルーに凹むやつ それがおれだよ 宇宙の迷惑、 クレーター
2008-07-04
 - ohnotheydidnt: Gaspard Ulliel and Kate Moss for Longchamp現実の裏社会と 付き合ったりできるほどタフじゃないし 付き合わなければならない切実さもないが フィクションやファッションとしての ノワールは好きだったりするわけで 老いぼれ果てて 足腰立たなくなる前に いちどくらいファッションやってみても いいなあ やるならノワール と思ったりした 上の写真はロンシャン (LONGCHAMP) とかいうブランドのプロモーション用だという。 リンク先に、 バッグをアップにした写真などあり。 追記。 あら、 やだ、 あたし、 というような記事を前に書いていた。 それによれば、 来年とか将来じゃなくて、 今年が ノワール元年だったらしい。 - ノワールを磨け - 浦島雑誌
2008-07-04
2008-07-03
勉強はやめだ。 おれには無理だ。 時間がない、 能力がない、 なによりも、 面白くない (これが一番)。 というわけで、 音楽の勉強はやめる。 おれが詩を書くようになったのも、 書いた詩にメロディを付けるようになったのも、 業界に出入りして修行したとか、 詩の書き方とか作曲法とかの 入門書を読んで勉強したからではない。 なにかのきっかけで、 ふいに、 そういうことが できるようになったのだ。 言えることは、 詩を書きたいとか、 曲を作りたいとかの気持ちが ずっと潜在してて、 それがある日を境に 可能になったと。 知らず知らずのうちに、 必要最小限の技術や知識が貯まっていて それが出口を見つけたと。 そういうわけで、 勉強やめます。 勝手にやるわ。 関連記事。 - 魂が鈍ると形式が現れる - 浦島雑誌- 主語が中ぐらいの人 - 浦島雑誌
2008-07-02
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